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エモい考えをまとめるとこ。

株式会社はてなに入社しました

株式会社はてなに入社しました

前職では大変お世話になりました。 次の職場でも頑張ります。

株式会社はてなに入社しました - hitode909の日記

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まぁ、仕事やめたのは本当なんですけどね。

春になると聴きたくなる渋谷系音楽10選

 暦のうえではもうとっくに春ですね!まだまだ寒い日が続きますが、少しづつ暖かくなってきてます。「春になったら渋谷系」という僕の中での、テーマみたいなのがあるので、今日は春っぽい元気になる音楽を勝手に10曲ほど紹介する。

渋谷系とは

 ところで、渋谷系ってなんだろう。音楽のジャンルのことです。音楽のジャンルなのに、音楽でジャンル分けしていないという意味がわからない音楽のジャンルです。

渋谷系(しぶやけい、シブヤ系とも)、若しくは渋谷系サウンドとは、東京・渋谷(渋谷区宇田川町界隈)を発信地として1990年代に流行した日本のポピュラー音楽(J-POP)の一部の傾向を分類化したものである。明確な定義が存在しない。

Wikipedia: 渋谷系

Wikipediaに「明確な定義が存在しない」ってはっきり書かれてしまっているので、おいこれを渋谷系に入れるなんてどうかしてるぜ!って人もいるかもしれないですが、ご容赦くださいませ。ここはもう何紹介してもいいってことで。開き直ることにする。

小沢健二 - ラブリー


小沢健二 - ラブリー

この曲を暖かい日の朝に聴くだけでテンション上がります。渋谷系といえば小沢健二小沢健二といえば渋谷系!!オザケンの曲はどれも多幸感に満ちている。

FLIPPER’S GUITAR - 恋とマシンガン (Young, Alive, In love)

www.youtube.com

ソロになる前に、小山田圭吾CORNELIUS)と組んでいたFLIPPER’S GUITARからも一曲。オサレな曲なので、オフボーカルを結婚式のバイトしてたときによく流してました。

ピチカート・ファイヴ - Baby Portable Rock


Baby Portable Rock - Pizzicato Five

パラリンピックの閉会式で「東京は夜の7時〜」って流れたときは鳥肌経ちました。そんなピチカート・ファイヴからはとても春っぽい曲。 春だし。

tofubeats - Don’t Stop The Music feat.森高千里


tofubeats - Don’t Stop The Music feat.森高千里 / Chisato Moritaka (official MV)

tofubeats渋谷系スピリッツを受け継いでいる気がする。あとまぁ森高千里かわいい。おばさんになっても余裕でかわいい。とにかく現代に蘇った渋谷系かな、と。

Capsule - Music Controller

www.dailymotion.com

capsuleといえばいまや中田ヤスタカperfumeやきゃりーをプロデュースして有名だけど、本業はこっちです。そんでもって昔はピチカードファイヴっぽい曲も多かったんですね。明らかに意識していたはず。 それはそれで好きなんで、全然いいんだけど。その中でもお気に入りの曲。

SUPERCAR - STROBOLIGHT


STROBOLIGHTS-SUPERCAR

SUPERCAR渋谷系といったらマサカリ投げられそう…。んでも、この曲すごく好きなんです。というか、SUPERCARの曲はどれもおしゃれかっこよい。日本で最高にクールなバンドって何?って聞かれたら、迷うことなくSUPERCARっていう。

電気グルーヴ - N.O.


Denki Groove - N.O. [Live at FUJI ROCK FESTIVAL 2006]

電気グルーヴを(以下略

電気グルーヴ - 虹


Denki Groove - Niji [Live at FUJI ROCK FESTIVAL 2006]

いまや朝ドラおじさんとちびヒゲおじさんの二人ユニっトで本業を忘れられがちだけど、この人たちの音楽は、良い曲が多い。特にここに挙げた2曲はまさに名曲。もう本当、名曲。なんでも良いからとにかく聴いてほしい。

ハミングが聞こえる - カヒミ・カリィ


Humming Ga Kikoeru - Kahimi Karie

気を取り直して、正統派渋谷系カヒミ・カリィ椎名林檎とかがもろに影響受けてますよね。当時から新しいと言われていて、今聞いても全然古臭くない、むしろかっこよい曲っていうね。

はっぴぃえんど - 風をあつめて


Happy End - Kaze wo Atsumete

一説によると、「渋谷系」のルーツをさかのぼると「はっぴぃえんど」にまでたどり着く、らしい。 んでも、この「風をあつめて」は名曲だし、細野晴臣大滝詠一が同じバンドにいたってことだけで、国宝級のバンドじゃん。細野さんの声がしぶすぎてかっこよい。(あれ加えて、坂本龍一高橋幸宏がいるYMOって…)

選外

JUDY AND MARY - 散歩道


JUDY AND MARY【散歩道】


JUDY AND MARY ラッキープール

ジュディマリ渋谷系に入れる勇気はさすがになかった…。だけど、春といったらジュディマリだよね!(一年中言ってる) 歌詞に季節感を感じさせる曲が多い。そして、それがどれも名曲。すごい。

Blankey Jet City - 赤いタンバリン


Blankey Jet City 赤いタンバリン

もはや季節や渋谷系すらも関係ないけど‥。ブランキーも思い出したときに聴くとかっこよすぎて、テンション上がる。音楽の世界観がすばらしすぎる。浅井健一ワールド。浅井さんがただただかっこよいバンド。

楽しかった

 音楽聴くのってやっぱテンション上がる。90年生まれなので、どれもリアルタイムで聴けなかったんだけど。

【供養】ゲストハウス滞在記

 昔、書いた日記ともいえない散文が、インターネットの海の中を漂っていたので、ここに拾い集めて、供養したいと思う。

 どうやら3年前から、文章を書くと自然と村上春樹っぽくなる病気にはかかっていたようだ。

 東京のはずれの小さなゲストハウスに住んでいる。

 家賃は25000円、水道代は無し、部屋は大きなリビングと静かな勉強部屋があって、屋上にはベランダがついてる。なかなか居心地がよくて、もうここに住んで2ヶ月になる。ここにいるといろんな人のライフスタイルが見えて楽しい。普通の観光で来た外国人だけじゃなくて、世界を転々としてるバックパッカーや、何してるかわからないおじさん、大企業で働いてるITお姉さん。

 毎日、ゆるくゆるく生活してる。リビングに人が集まれば、いつのまにか宴会が始まってるし、気づけばそれが鍋会やらBBQになってたりもする。何よりも仕事で疲れて帰ってきた時に、おかえりなさいって言ってもらえる。そういう場所があることにものすごく安心感がある。(家庭を持った父親が強いのはこういうバックボーンの強さなんだと思う。別の話だけど)

 今日は世界を旅してるある職人さん(といってもかなり若い)とお別れしてきた。日本で仕事をおえたので、次の目的地はインドなんだと。彼の滞在期間はたった一ヶ月程度なんだけど、とても長く一緒にいた気がする。ここの時間の密度は本当に濃い。昨日は朝までお酒を飲み交わして、どんなにつらくても生きてさえいればなんとかなるよ、という言葉をかけてもらった。

 年間3万人が自殺する絶望と幸福の国で、どうしても嫌になったら、世界を旅しよう。仕事に追われて精神を病むなら、そういう生き方もあるんだって知っている。このことはいつかきっと役に立つ。そういうことなんだと思う。

 彼が出かけるとき固い握手をした。次はいつ会えるかわからないけど、なんとなくまたいつか会えるんだっていう気持ち。少しさみしくなるなと思いながら、ベランダの屋上で、そろそろ始まる本格的な寒さに、体を震わせながら煙草を吸ってる。

 次はどんな人と出会えるかな。

 後日談、このお兄さんとは未だに交流があって、海外で出会った方と結婚していまでは子供もいる。この間、見せてもらったけど、すごくかわいくて小さくて素敵なお子さんだった。あのお兄さんにそっくりだった。

 ITお姉さんは相変わらず元気だし、バックパッカーのお兄さんとも海外に行く約束をしてる。僕が出会った中で最も変でおもしろくて最高に良いやつのアメリカ人とは、彼が弾丸ツアーで日本に来て(滞在時間わずか3日)しこたま酒を飲んで、たくさん都内を連れ回して、また来いよ!と元気に送り出してやった。

 ここを出てもう3年になるけれど、いまだにここで出会った人たちとは交流が続いている。

まさしく、僕の東京生活の原点といえばここだ。

自己の存在を規定するのは可能性ではなく不可能性であるというはなし。

はじめに

 ものの本によると、「自己の存在を規定するのは可能性ではなく不可能性である」らしい。

「可能性という言葉を無制限に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々がもつ可能性ではなく、我々がもつ不可能性である」 —四畳半神話大系森見登美彦

やってみないとわからない

  「自分は何に向いているんだろう」と聞かれても、ほとんどのことは「やってみないと何もわからねぇよ!」って思うことがよくある。例えば、僕は学生のころ研究が好きだった。昔から好奇心が旺盛で、なんでそうなるんだろうとか、そうなった理由を調べたり実験したりするのが好きだ。だから理系の大学に進学して、化学の研究職につくってことが自分に合っていることなんだとずっと思ってた。そのまま、研究職につくために大学院に進学する。だけれど、結局、半年もたたずに大学院はやめてしまう。そんでもって、いまはなぜかITエンジニアをやっている。一体、どうしてこうなった?

 そのときに思ったのは、その「職業」が自分に向いてるのかどうかなんてやってみないと何もわからないだろうってこと。自分自身にとって、本当に向いているのか向いていないのか、なんてことはやってみるまでわからなかった。やってみて、研究というものは自分にとっては苦悩と苦難の連続だった。結局、気持ちが折れてしまって大学院をやめた。

 ひとつはっきりしたのはいま、向いていないって思ったことは、向いていないってことだ。

 それがわかっただけでも、大収穫だ。振り返ってみると、自分は数々の運と縁の巡り合わせによって今の職業についている。今のITエンジニアになって、これが「自分にとって天職だ」と思えることって本当に運がいいなって思う。

 4年前の大学院を辞めてニートになった自分に、これから「スマホゲーつくる会社でITエンジニアとして働くよ」って言っても絶対信じないだろうしw

「幸せ」はある程度の運が左右する

 人は「幸せ」になりたいと願っている。もしかしたらそれが「ドーナツの穴」のような虚像であったとしても、自分自身はそうなりたいと願うことが、このくそくだらない世界を生きなければいけない理由だとさえ思う。

 最近思うのは「幸せ」のうち自分が関与できることなんて、とても数が少ないんじゃないかってこと。例えば、多くの人が幸せだなって思うことって何なんだろう?仕事が大きな成功を収めた時、大好きな人と結婚できた時、人間関係が良好で多くの人に支えられていると感じた時、年収が1000万円を超えたとき、趣味に没頭できるとき、自分がなりたい自分になったとき…?

 その「幸せ」の多くが、仕事や恋愛や年収、自己実現に起因するものだ。人と人との縁だったり、タイミングだったりするわけで、完全に自分ひとりの力だけで夢を叶えました!って人はそうそういないと思う。もちろん、自己の努力も大事だけれど、そこにプラスして「運」要素に多くの場合、左右されるんじゃないかな。

 「人の可能性は無限大で、正当な努力を続ければ、必ず実現できる」

だけど、冒頭の一文のように、不可能性こそが僕たちの可能性を規定するんじゃないだろうか。

不幸にならない努力

 例え話で、僕が仕事で「ITエンジニアとして年収1000万円以上稼ぐお金持ち」になりたいと言う目標があるとする。だけど、それにはある程度の”運”の要素も必要だ。”運”というものを定量化すると”確率”になる。つまり、定量化された「可能性」とその背反である「不可能性」がそれぞれ存在する。「可能性」が20%ある、それにならないけども、中間のそこそこ目標が達成される確率が60%くらい、それにまったく届かない「不可能性」が20%。もちろんこの数字は「運」によってある程度、左右される。

 「努力」が目標に向かうアプローチだとして、その「努力」をどこに向けるべきだろうか。「可能」を目指すより「不可能」にならない事の方が難しくないんじゃないだろうか。いやむしろ、先程の「やってみないとわからない」ってことと併せて考えると、「可能」「不可能」じゃなくて、結果的に、中間の「そこそこ」になったとしても、もしかしたらそれが自分にとっての幸せに変わりうる可能性もあるわけだし。

やりたくないことを決める

 人の可能性は無限大だ。だからこそ、人生において、「そうなりたくない自分」を決めることのほうが「なりたい自分」を決めることよりも大事じゃないか?「なりたい自分」というのは、逆説的に自分の可能性を自分で狭めてしまっていると捉えることもできるわけだし。

 こうなったら嫌だなをしっかり考えながら、目標を追う。そうすると、少なくとも目標に達成できない「不可能性」は低くなる。人生戦略において「可能性」を高めるよりも、「不可能性」を下げることのほうが重要じゃないか。

やりたくないことリスト

 ちなみに僕がやりたくないことをざっと考えてみた。自分なりの、今後の人生においてしなくていいこと、やりたくないことリストだ。これはあくまで「仕事編」で、考えれば「恋愛編」とか「人間関係編」とかも、あるかもしれない。

上にいくほど優先度が高い

  • 「お金、学び、経験」のどれにもつながらないこと
  • 人を不幸にすること
  • 誰のためにもならないこと
  • 人を尊重しないこと
  • 人を信頼しないこと
  • 人に謙虚さをもたないこと
  • 思考停止すること
  • 理にかなっていないこと
  • わくわくしないこと
  • 遊び心がないこと
  • 新しい考えを取り入れないこと
  • 自由がないこと
  • 非効率なこと
  • つかれること

あとは流れに身をまかせる

 人の心は変わるもので、今の自分が思っている幸せと明日の自分が思っている幸せはまったく違うものになることもある。その幸せになるための指針は、自分の「意志」と「決断」だ。それを持つことも大事だ。

 だけど、それと同時に何が起こるかわからないのも人生だったりする。どう転んでもいいように、「嫌なところに転ばない」戦略も必要なんじゃないかなーとお思った次第。

さいごに

 酔っ払った勢いで文章書いたらひでえな。

今更ながら人との関わりって大事だなぁって思うはなし。

はじめに

 転職に際して思ったことパート2。自分で言うのもあれなんだけど、あまり自分は心が強い人間ではない。他人の一挙手にひどく悩んだり、落ち込んだり。そもそも、人との距離感を測ったり、気持ちを慮ることが苦手だったり、色々と不便な性格だなぁと思う。いい大人が他人の目を気にして、そのくせ人見知りで初対面だと目を見て話せなかったりするのって、かなり痛い。

 とはいえ、なんとなく最近、そういうことがめっきり少なくなった。転職活動をしようと心に決めたのが去年の暮れあたり。それから、たくさんの人とお会いして、みんなどういうキャリアプランを考えているのだろうと、参考になるようなことを他人と積極的に会話するようにした。そうすると、自然とちゃんとした大人な振る舞いができるようになってた(と思う)。

 おかげさまで、転職が決まり今の会社で退職の話、となったときに、あまり大っぴらではないけども、一悶着を起こしそうになった。こんなときの他者から向けられる目線、言葉というのは、自分にとっては限りなくストレスで、少し前だったら、きっと滅入りきって自分を責め続けていたと思う。

 いまは「転職は自分自身の幸福度への寄与のため」だ、とちゃんと割り切ることができてる。たとえ迷惑掛けたとしても自分のやりたいことをやろう、自己責任だ、と前向きに開き直って捉えられているのは、何よりも自分の周囲の人たちの存在あってこそだ。他人との関わりがなければ、ここまで考えが変わった自分には出会えなかったと思う。

悩みを共有してくれる人

 田舎から関東に出てきてから、こんなに人が多いのにあまり積極的に人と会うことを避けてた。最近、価値観やキャリアに対してすごく気の合う仲間ともいえるような人たちが増えてきて、とても楽しい。そういった友人たちに悩みごとを相談すれば、積極的に返してくれるし、また何気なく応援してくれたりもして、本当にありがたい限りだった。この何気なくっていう距離感が絶妙で難しい、とも思う。(この何気なさに何度、助けられたことか)そうやって気にかけてくれたり、話を聞いてくれるような人たちとの出会いに対して、ただただとても感謝してる。

時間を共有してくれる人

 時間というのはこの世界には珍しく、どこの誰にとっても等しいものでして。それをわざわざ話を聞いてくれる友人がすごくありがたかった。それをしっかり表明して、話を聞く側でも何かしらの爪痕を残して、お互いにとってよい時間にしようということを心がけた。

 僕が悩んで大きく踏み出せた一歩を、また別の誰かが悩んだときに参考になるかもしれない。人と人との関わりの中でいいサイクルを回し続けるってことが、人間関係を積み重ねるってことにつながるのかな、なんて思ってる。

自分のことを話す

 人との信頼関係を作るときに、積極的に(ウザくない程度に)自分のことを話すようにした。自分のことっていうか自分の考え、か。僕はこういうふうに考えていて、これからこうしようと思っています。どう思いますか。参考にさせてほしいです。と誠実に話をしようとすると、向こうもきちんと話をしてくれる。アタリマエのことなんだけど、アタリマエに気づくのに随分時間が経ってしまった。

人が人を呼ぶ

 そうやって作った信頼関係からさらに別の人へと広がっていく、ということも何度かあった。そのたびに新しい考えだったり意見を聞くことができてとても新鮮だった。

 こういったことを、当たり前にできることが立派な大人なんだろう。気づくのにずいぶん時間がたってしまったなぁと思う。一人の時間も、もちろん大事なんだけど、今まで取りすぎていたので、今は人とちゃんと話をするってことがとても楽しくなってきてる。

 何が言いたいかというと、弱かった自分から、今の自分がいられるのは周りの人たちのおかけだし、そのひとつひとつの縁にはちゃんと感謝しなければいけないな、と思った次第であります。

特にここを見てくれている友人たちに。

村上春樹(というかその作品)にまつわるはなし。

 村上春樹にまつわる話をふと思い出したので書いてみる。

 村上春樹という作家が特に好きというわけではないけれど、その作品に対しては妙な思い出があったりする。初めて読んだ作品は「海辺のカフカ」で確か小学5年生のころで、確か病室のベッドの上だった。小児喘息が酷い子供だったので、毎年10月から12月にかけて発作が起きて、そのまま病院に1ヶ月ほど入院してしまうことが毎年の恒例。入院生活は、暇で暇でしょうがなくて、しかたなく病院の本棚から拝借して読んだのが、たしかこの本だったと思う。特に読後感はふうんって感じで、いまとなっては物語の細部もよく覚えていないけど。

 その後は高校2年生のとき。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」。これもなぜか病院で読んでいた。でも違ったのは、自分の病気で入院していたわけではなく、その時には末期の癌だった祖母の病室だった。末期癌だって知ったのは、祖母が亡くなってしまった後で、その時はただの慢性的な病気だとしか知らされてなかった。

 祖母は、祖父にあたる人とはずいぶん昔に離縁している。僕は祖父にあたる人とは会ったことがない。小さかった僕と妹の面倒を見るために、隣県の田舎から身一つで僕ら家族が住む街へと越してきた。実家に身を寄せるでもなく、近くの市営アパートに住み、働くのが好きで、年金で暮らせる歳なのにわざわざデパートの惣菜屋さんのパートにすすんで働きに出るほど。昔から優しくて、怒られたことは滅多にない。家庭環境で相当苦労したであろうのに、そんな素振りも一切、見せない気丈で元気な人だった。

 そんな祖母が入院したと聞き、病院へお見舞いに行くと、病気を知らされていない僕から見ても明らかに、衰弱していた。つい最近まで祖母は、病気なんてどこ吹く風で、普通の生活をしていたのに。

 祖母の身体にはたくさんの点滴が繋がれていて、痩せ細り、体を起こすのさえ苦労していた。僕は、そんな姿を見たくなかったのか、それともまたすぐ元気になると思い込んでいたのか。御見舞で病室にいる間、2、3言、言葉を交わして、その後は話すでもなく、祖母のそばでずっと本を読んでいた。

 祖母が入院している病院は、通っている高校から橋を超えたすぐ近くにあって、行こうと思えばすぐに行ける距離だ。それなのに、祖母が入院している間に、御見舞に行ったのは、病室で本を読んだ1回と亡くなるその日の2回だけだった。1回目の御見舞の帰り際に言った言葉はいまでも覚えている。「近いからまた来るよ」って確かにはっきり言った。結局、意識のあった祖母に語りかけた言葉はそれが最後になってしまった。

 祖母が危篤だと連絡が入り、病室に行ったときには意識も朦朧としていて、誰が御見舞に来たのかすらもよくわかっていないようだった。ただ危篤だったものの、峠は超えたらしく、いまは落ち着いて安静な状態ということで、祖母の周りには、入れ替わり立ち代わり兄妹たちや、家族、孫たちが入ってきては、思い出ばなしを語りかけている。病室から廊下まで、たくさんの親族がいて誰が誰かもよくわからない。テレビや映画しかでしか見たことない機械がたくさん並んでいて、初めて心電図が音を立てているところを間近にみた。

 そんなときでさえ、その姿を横目に見ながら隣のベッドのすみの死角を見つけて、上巻を読み終えて下巻に差し掛かった「ハードボイルド・ワンダーランド」を読んでいた。読んでいた、というよりは文字を追っていただけだったと思う。初めて遭遇する人の死の間際という現実を直視していたくなくて、自身の、または祖母の置かれている状況を飲み込もうともせず、ずっと本の文字を追っていた。

 結局、祖母はその日の夕方に息を引き取った。

 その日から朝まで、通夜の間中、葬式が終わるまでの間もずっとひたすらに、文字を追っていた。だけども、やっぱり内容は頭に入ってこない。同じページばかりに目をやって、また頭からそのページを読み直す。現実を受け入れられていなかったのか、それとも平静でいられる手段がそれしかなかったのか、淡々と進行する単なる儀式的なものに対する反抗心だったのか、なんでそんな行為をしていたのかは今となってはよくわからない。だけど、大人が羨ましいというのはすごく感じた。お酒を飲んで、泣いて、祖母の思い出ばなしをしている。大人はそうして受け止めて、消化していけばいいんだろうけど、当時の自分にはどうして受け止めていいのか、どうやって悲しんでいいのかが、わからなかった。人が死ぬってことがよくわからなかった。泣くでもなく、悲しむでもなく、本を読むという行為に執着して現実から逃避をしていた。結局、その本は最期まで読むことができなかった。

 それから月日が経っても、なぜか本は未読のまま、鞄の内ポケットに入っていた。気が向いたときにパラパラとめくる程度だけで、大事にずっとそのままだった。読み終わってしまうと、祖母が亡くなったってことを受け入れてしまった、という自分が怖かったのかも。祖母のいない日常に慣れてしまった、という事実が寂しくて、自分だけでも何か関わりが欲しかったのかも。

 2年経って、大学に進学しても鞄には、持ち歩きすぎてぼろぼろになったこの本がまだ入ってた。それからしばらく経って、ようやく読み終えることができた。1つの作品をこれだけの長い時間をかけて読んだのは、この本が初めてだと思う。

 読み終わった後、この本を鞄に入れていく理由がなくなったことに気づいて、すこし寂しくなったなぁ、というエピソード。

 他にも高校3年生の受験前に「ノルウェイの森」を読んで、これからはじまるだろう大学生活に対して悶々とした気持ちになったり、「東京奇譚集」をたまたま喫茶店で読んでいたら、隣の人も同じ本を読んでいたり(この本にはなんとそんな短編がある)、「ねじまき鳥クロニクル」を英語版で読もうとして挫折したり、「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」の鼠に憧れたり。なんだかんだでやっぱ好きなんじゃんって言われても、はい好きですって素直に言えないのもこれまた悲しい性ですかね。

(再掲)きっと何者にもなれない大学生たちの青春群像劇「何者」を観た

はじめに

ちょいと前に別名義でやっていたブログを閉鎖しました。 あとになって過去の記事を見返すと「何言ってんだこいつ」感がすごいので、戒めのために、そのブログでの記事を再投稿します。 こういう感想記事って観た勢いで書いちゃうとすっごい恥ずかしいよね!!

きっと何者にもなれない大学生たち

就職面接の自己PRの1分間はTwitterの140文字より短い

 このようなモノローグで物語は始まる。主人公はさまざまなバックグラウンドを持つ就活生たちだが、「就活」という困難に直面し、結束し、それに立ち向かっていこうとする青春群像劇だ。現代の就職活動事情を事細かく描写しており、現代の若者の苦悩が描かれる。群像劇でありつつも、一人の登場人物にスポットが当てられその周りの交友関係を中心に物語は進んでいく。

 あえてネタバレ承知で言及するけれども、この映画にはある”仕掛け”が施されている。観客はその仕掛けに見事にハマってしまい、終盤からラストにかけてはその"仕掛け"た謎へ言及する、という構成になっている。

 その仕掛けをどのように評価するかは観た人が感じればいいと思うが、最も評価の別れる部分であると思う。はめられたと思う反面、悪趣味だとも思った。それでもこの作品の持つ"悪趣味さ"は不快さがあるわけではなく、ある種の怒りに近い”訴え”のようなメッセージ性を強調させていると言っていい。演出自体にも必然性があり、それでいてうまいことそれを物語の枠組みで表現できているのだ。そのような意味で捉えると、この”悪趣味さ”も含めて「何者」の作風だともいえる。

就職活動の異様さ

 思えば新卒就活というのは異様だ。それまで、学業やサークルや遊びに勤しんできた学生たちが、ある時期になると急に髪を染め直し、スーツに身を包み、なれない面接やエントリーシートの項目を埋めるため肩書を作り、自己PRと言う名の虚勢をはる。全員同じような容姿のスーツに着替え、個性を求められながらも個性を抑える。冒頭、合同説明会でごった返す人々が描写されていく。その光景は一般的な社会生活を営んでいる側からすると、異様さを感じざるをえない。”異様さ”は物語の序盤ではこれでもかという程に強調されている。隔世のされた"就活市場"の中で主人公たちは、悩み、奮闘し、葛藤を繰り返していく。世間に、社会に振り回され、踊らされ、自分が何者かを問い詰め、疲弊していく。その様子をまざまざと見せつけられ、就職活動というものはなんて残酷で無意味なものだろうと感じざるを得ない。

 中盤に以下のようなセリフが入る。(うろ覚え)

エントリーシート(就職活動の時に使う履歴書とは別の企業毎に用意されるアンケートシート)はトランプのダウトみたいなもの。いかに大きな嘘をついてカードを渡すかが大事。

 これこそが現代の就職活動の一端を表現していると言っていい。エントリーシートや1分間の自己PR、ウェブ試験…このような「茶番化」された選考方法で”個”を押し殺し、自分を取り繕い、面接官に好まれるような自己PRを述べたとして、それは果たして本当の自分自身といえるのだろうか。型にはまった質問に対して、予め用意された回答を用意してそれを読み上げる。それは”就活”という舞台で演じる役者そのものに他ならない。舞台の上でセリフを読み上げる演劇だ。そこには「自分」はいない。そうやって作られた虚像の個人は一体「何者」なんだろう。会社に入るために、個を押し殺して舞台に臨む。しかしながら、彼らが社会に出て、労働をするのは自分が作り上げた虚像ではなく、実在の自分である。このミスマッチがなくならない限りは無駄に疲弊していくばかりだ。

 就職活動に対してこのように思っている人はとてつもなく多い。劇中の彼らも、いい大学にも出ているのだろうし、このような就活批判や、斜に構えた言説は当の就活生自身ももちろんわかっているのだ。それこそがこの作品の"仕掛け"だ。そんなのわかっている、だけれども自分の都合を実現するためにはこの方法しかないのだ、と悲痛な叫びが終盤にかけて展開される。本当に痛々しい映画だった。

 それでもあえて言いたい、この"舞台"を作ったのはだれか。若者を無駄に疲弊させ、悩ませているのはだれか。この仕組みを作り上げたものこそ諸悪の根源ではないだろうか。彼らは一体なんの権限があって、一体何様なのだろうか。